ケガで受診した病院でレントゲン検査を受けひざ軟骨の摩耗が判明

関節痛

小学校の時にラグビーを始め、高校時代には全国大会を目指して部活動にはげんでいました。

 

当時からひざと足首の痛みが悩みの種でした。

 

「子供の頃から体が大きくて、知人の紹介でラブビーを始めました。ポジションは、左プロップというスクラムを組むときの最前列で左側でした。相手とぶつかった時に激しい衝撃を直接受けるポジションで、怪我が耐えませんでした。捻挫や肉離れ、打撲は日常茶飯事で、左右の足首の靭帯を損傷したこともありました。」

 

高校時代に怪我で整形外科を受信した際、レントゲン写真を見た医師からひざの軟骨が摩耗していることを指摘されました。

 

サポーターやテーピング、痛み止めの薬などを使用して、ひざや足首の痛みをごまかしながら、ラグビーの練習に打ち込みました。

 

「整形外科の先生から、”軟骨は骨と骨ンの間のクッションの役割をしていて、軟骨が薄くなると骨同士が接触して痛みが生じるようになる”と説明を受けました。当時、変形性ひざ関節症と診断されたわけではありませんでしたが、初期段階だったと思います。ひざの関節が、ギシギシときしんで、油切れになっているような状態でした」

 

ひざや足首が傷んだものの、後輩部員たちの前で弱音を吐くわけにも行かなかった。

 

学生の頃は、そういった根性論が全盛の時代だったのです。

 

「ちょうど、スクールウォーズというラグビーをテーマにしたテレビドラマが大人気でした。少しくらいひざや足首が至っくても、気合で乗り切っていました。」

 

高校卒業後、地元の社会人ラグビーチームに参加するなど、趣味としてラグビーを楽しんでいました。

 

しかし、仕事が忙しくなるにつれ、ラグビーをする機会がなくなってきました。

 

「若い頃は、筋肉や靭帯のチカラでひざや足首の負担をカバーできていたとおもます。」

 

ただ、寄る年波には勝てず、40ダインあった頃から、日常生活の何気ない動作でひざや足首の痛みが気になるようになりました。

 

内科の先生から、「メタボリックシンドロームを解消するには、あと20キロ体重を落とすように」と言われました。